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2006年1月25日 (水)

粕谷一希&小野津幸子

1610_low2  新春、一月の半ば、寒気が少し緩んで晴れ渡った日の午前、東京は雑司ヶ谷にある、作家・ 粕谷一希氏のご自宅を訪問しました。今度、スピークマン書店で作るダイレクトメールに「推薦文」を寄稿していただいたのですが、氏の写真も載せようということになり、撮影しに伺ったのです。

 今度は、いつものような古いFOMAで撮るわけにもいかず、叔父のセミプロカメラマン・渡辺氏に同行してもらいました。

 ドアがあき、奥様の幸子さんに玄関で出迎えていただくと、後ろから粕谷さんが出てきました。「なんだか、おおごとになって」というようなことをおっしゃりながら奥の応接間に通していただくと、そこはかなり広い部屋で、山積みの本とソファが並んだ一角や、陽光が差し込む掘りごたつのある南側、むこうには大きな楽器が置いてある、そんな奥行きのある部屋でした。
 幸子さんは、「作家・小野津幸子」でもあり、スピークマンでも、作品を扱わせていただいています。

 一通りご挨拶をしたあと、何か話しながら写真を撮る、ということで、話をさせていただきましたが、粕谷さん、元「中央公論」の編集長、何かの拍子に中国の方へ話題がいったとき、静かな口調が一転したように思いました。

 デモの話、国家主席の話、環境汚染の話、反乱と革命の話・・・。

 いつもは、どちらかというと無口、という印象でしたので、少し驚きました。熱い人なんだ、と思いました。

 そうこうしているうちに、一通り撮り終わり、昔の楽しかった映画の話になりました。
エレオノラ・ロッシ・ドラーゴの「激しい季節」、三國連太郎の「江戸一寸の虫」、島田正吾の「六人の暗殺者」・・・と、粕谷さん、幸子さん、ともに古きよき映画を楽しげに思い出していました。

 小一時間ほどお邪魔をし、お礼を申し上げて、おいとましました。いい写真が撮れたと思います。
 言葉だけが、世界や昔を語れるのではなく、眼の前の今だけを切り取っているはずの写真も、その人の世界と過去を、すべて表現している、そんなふうに思いました。
 文法でいえば、「過去形」の何かでしょうが。

<このブログは、絶版本の復刊、新刊・自費出版本の出版、流通本の「販売」を行うスピークマン書店がおおくりしています>

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